シルバーの歴史

かつては金よりも珍重されていた スターリングシルバーの由来 銀の産状

かつては金よりも珍重されていた。

女神アルテミス 銀と人間とのかかわりは古い。 『旧約聖書』に銀貨の取引きの場面が登場するのをはじめ、紀元前3000年頃のエジプト、メソポタミアなどの遺跡からも銀製品が発掘されている。
また、神話の世界では、銀はその青白い輝きのイメージからか、月と結び付けられて登場する。 銀と月の関係は、古代の近東世界を通じて一般的であり、たとえばエジプトの月女神ハトールは銀の女神とされた。
あるいはギリシャ神話においては、金が太陽神アポロンに属するのに対し、銀は月の女神アルテミスに属するとされた。
この女神は白馬に引かれる銀の戦車に乗って夜空を駆け、銀の弓を引き、銀の矢を放つといわれた。なんとも美しい情景ではないか。
ヨーロッパの俗信においても、新月のときにポケットに銀貨を入れておくと幸運が訪れると語られ、あるいは、銀製の武器や弾丸は鋼鉄のものより優れて超自然力を持ち、決して相手を殺し損なうことがないので、魔女などと戦うにはもっとも効果があると信じられていた。
しかし、ひとたび金と人間との関わりに比べると、銀は産出量が少なく、かつ精錬法が難しかったことから、その利用は、はるかに遅かったようだ。
それゆえに、銀はむしろ「白い金」として金よりも貴重視された時代が長く続いた。 たとえば、紀元前3600年頃のエジプトの法律によれば、金と銀との値の比は1対2.5であったと記されており、金に銀をメッキすることすら行われていたという。
銀の産出が増えはじめたのは紀元前5世紀頃のアッティカからで、ローマ時代には銀器が珍重され、大切に扱われている。
その後、中世ヨーロッパではイギリスやドイツなどで銀鉱山が発見された。 とくにボヘミア、ザクセン、マイセン、チロルなどの中部ドイツが最大の産地となったが、それでもなお金よりははるかに高価だった。

スターリングシルバーの由来

銀貨 銀貨の古い歴史をひもとくと、紀元前7世紀のリディア王国のものがあり、これがギリシャ、ローマに受け継がれたと言われているが、銀貨の歴史にもっとも大きな足跡を残したのはイギリスである。
イギリスはすでにシーザーの時代から、大陸からきたとみられる種々の銀貨があり、3世紀頃にはロンドンでローマ帝国の貨幣が鋳造されていたという。
760年頃から、のちの銀貨の基礎となった銀ペニーが連続的に使用されるようになった。 その後、ノルマン朝初代のイングランド王、ウィリアム1世(在位1066〜1087年)がこのペニーを継承して、ロンドン塔に造幣所を設け、純度925/1000の銀を本位として採用した。

ヘンリー?世 これが実は今日の『スターリング・シルバー(Sterring Silver)』、通称925銀として知られるようになったものの始まりである。
その名の由来は、のちのヘンリー?世の時代に銀貨を鋳造していた「スターリング家」が源といわれている。
ところで、銀純度1000分の925の残りは何かというと、それは銅である。
簡単にいえば、100%の純銀では軟らかすぎるので銅との合金にして一番硬さが出たのがこの比率だったというわけだ。
現在、これが「法定純銀」とされ、装飾品に用いる際、もっとも価値のある銀として流通している。
すなわち耐食性が高く、かつ硬度があり、銀の美しさがもっとも長続きするのが、このスターリングシルバーだからである。
CROSSVER DESIGNSでもこのスターリングシルバーを使い作品の制作をしています。

銀の産状

銀の樹枝状の結晶 銀は普通、塊状や粒状で産するが、針金状や樹枝状のものもある。
採掘されたばかりの銀や、研磨して間もない銀は、独特の輝きのある銀白色で、金属光沢を示す。
しかし、大気中の酸素により表面が錆びて、酸化銀の黒色の膜に覆われる。

銀の樹枝状の結晶 多くの場合、銀は鉛鉱山の副産物であり、しばしば銅とともに産出する。
世界の主な銀鉱山は、南アメリカ、アメリカ合衆国、オーストラリア、ロシアにある。
銀だけの産地として最大なのはメキシコで、紀元前1500年から現在まで採掘され続けている。
最高品質の自然銀はノルウェーのコングスブルグでねじれた針金状で産する。